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其の93

其の95




歴史game のお話 其の94


ちゃちゃおさん
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chacha16@mug.biglobe.ne.jp

理想の戦争ルール

 突然ですが、みなさんは光栄ゲームの戦争ルールについてどう思われますでしょうか?
 6方向に進軍可能なマップ、武将1人につき1部隊、それぞれの部隊が独立して移動といったのが共通したルールだと思いますが、はたしてこれがベストなのでしょうか?

 より実際の合戦を再現したルール、より面白いルールという物はないのでしょうか?ここを変えてほしい、あのゲームのこのルールが面白かったといった事を含めて投稿すると面白いと思います。

 戦争ルールに限らずこういうゲームがあったらいいなあという話で盛り上がりませんか?歴史SLGならば投稿された物がずっと保存されるので、そういった論議にむいていると思います。


 では、私なりの考えを以下に書かせていただきます。


☆ ここを変えて欲しい ☆

1.歴史を再現しつつプレイヤーに負担がかからず面白いシステムを作ってほしい
 光栄ゲームの戦争ルールはゲーム向けに作られた物だと思います。ゲームとしては面白いのですが、これとは異なったタイプの戦争ルールがあってもいいのではないでしょうか? 

 光栄さんは今のルールで成功している以上変える必要はありませんが、他のメーカーが歴史ゲームを作るときには何か画期的な戦闘ルールを作ってほしいなあと思います(真似をしたら光栄より劣るに決まっていますし)。 


2.大規模な合戦・小規模な合戦を再現してほしい
 戦国時代の戦闘には関ヶ原・長篠といった大名の運命を左右するような大合戦から、ある地方の小さな一城を争う戦い小規模な戦いまであったと思います。
 信長の野望では最初から最後まで同規模ですが、大合戦で形勢が決した後少しずつ侵攻していき、また大合戦が発生するということはできないのでしょうか?

 序盤は狭い地域を争うが終盤になると一回の戦闘で一挙に広大な地域が手に入るといったルールもほしいと思います。


3.支城・砦のルールを作れないか?
 戦国時代には巨大な城の他に支城や砦もあったはずです。それらを攻略したり備えの兵を置いたりしてからでないと痛い目にあうかもしれないといったルールは作れないものでしょうか?
 守備側にしても、全ての兵が本城にこもるというのは何となく変だと思います。そのような事をしたら、本城を包囲した状態で他の全ての地域をいいように蹂躙されてしまうのではないでしょうか?

 大小の合戦・砦のルールとも煩雑になってしまうかもしれませんが、うまくやればなかなか面白いルールになるのではないかと思います。


4. 30日で落とさねばならないって変では?
 将星録の城攻めですが30日以内に城を落とさないと部隊が解散されてしまうのはおかしいと思います。力攻めだけでなく、長期間にわたるじわりじわりといった形の城攻めも可能にしてほしいです。


☆ 城攻めルールに関する一アイディア ☆

 私なりに考えた城攻めのルールを以下に書きます。上記の事の解決策でもなく、素人のただの思いつきにすぎません。


1.攻城戦画面は無し
 戦国群雄伝・武将風雲録・天翔記・将星録では城攻めは特別な画面で行いますが、そういった画面は用いません。
 兵力・防御度などが表示される数値画面だけにします。

 戦略モード(1ヶ月ごと)で一通り命令を行った後、各地の城攻めを順に解決するシーンに移ります(天下統一のような感じ)。

 30日たっても終了しない場合は翌月に続きます。

 部下の提案(成功率が高い)・内応するとの密使・忍者といったイベントが発生することがあります。


2.攻撃命令&援軍
 出陣の命令を出すと、出陣準備の日数+移動日数後に目的の城に到着し、城攻めが始まります。
 守備側の援軍も所要日数後到着します。忍者など諜報組織整っていると早い時期に察知し出陣できます。

3.城攻めの処理法
 5日を1ターンとして、1ヶ月6ターンで城攻めを行います。
 各ターンごとに、攻撃側・守備側とも方針を出します。読みの当たり外れにより、結果に影響が出ます。
 各ターンごとに攻撃側の増援・守備側の援軍が到着する可能性があります。


4.攻城側の方針
 ターンごとに以下の2つを決定します

A.攻撃の強さ
 猛攻・強攻・通常・慎重・包囲(何もしない)の5段階
 猛攻だとかなりのダメージを与えられますが、形勢不利になっても攻撃を続けるため味方にも大きな被害が出ます。
 慎重だと味方の被害は少なくてすみますが、長期戦になるため援軍が間に合ってしまう可能性が高くなります。

B.計略
 水攻め
 火攻め・穴掘り・門を攻撃・城壁を越える・内応をといった攻撃方針
 砦の攻略
 町の破壊・田畑の破壊・堤防の破壊・略奪といった妨害行為(砦があると実行不能)


5.守備側の方針
 以下の2つを設定します。

 死守か兵力温存か : 死守を選択すると激しく応戦し、防御度の低下を防げる。しかし、兵の消耗は激しくなる。兵力温存だと、曲輪などを攻略されそうになった時は、放棄し兵の消耗を防ぎます。

 どの計略に気をつけるか : 1つの計略を指定し、その計略を防ぎます。的中した場合は戦いが有利になります。


6 援軍が到着すると
A.援軍のとれる行動
 守備側の援軍が到着すると、城の周囲の険阻な地形を選んで布陣します。

 ターンごとに、待機(何もしない)・撹乱(小競り合いを起こし、まずまずの損害を与える)・野戦(攻城側に対し野戦を挑む)のいずれかの命令を選べます。

B.援軍への対処
 援軍が到着すると、攻撃側はA.城を抑える兵を置きつつ援軍と対峙するB.援軍への備えの兵を置き城攻めを続行C.城攻めをやめて退却するのいずれかを選ばねばなりません。

 援軍に対し野戦を挑むこともできますが、その場合、険阻な地形を選んで陣を敷いている敵との戦いになります。


7.野戦
 城攻めは数値表示だけの平凡な画面ですが、野戦が発生すると戦場マップ付きの画面になります。

 野戦は以下の時に発生します。
A.攻城戦が始まる前に、守備側が出撃を選んだ時
B.援軍が到着し、援軍と攻撃側が激突(どちらかが野戦を実行)した時

 ※野戦のルールはまったく考えていません。戦国時代の合戦を出来るだけ再現した数万同士のぶつかりあいがいいと思います。たまに起きる野戦を戦闘シーンの華とします。


8.砦のルール
 城の周囲に防衛用の砦を複数築いておく事ができます。

 砦があると�…�や田畑を荒らされずにすむ��攻城側の背後を撹乱できる、といった効果があります。

ちゃちゃおさん
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天翔記結果報告

 ちゃちゃおです。さんざん三国志5のリプレイや結果報告を書いてきましたが、天翔記PKと将星録PKのバリューセットを購入しましたので、信長の野望党にくら替えしようと思っています(時々三国志5もやりますが)。

 戦国時代は三国志以上にほとんど知らない(逆に、詳しい人も多い)のでなりきりモードでのリプレイは無理だなと思っておりますが、とりあえずはやったゲームの結果を短めの文章で書いていこうかなと思っております。
 みなさんもいろいろな歴史ゲームのプレイ結果を投稿されてはいかがでしょうか?そんなの載せて他の人は楽しいのかなと思われるかもしれませんが、自分でやったら数十時間かかるプレイをほんの数分で疑似体験できるというのは、掲示板ならではの魅力だと思います。多くの方がプレイ結果の投稿をされれば、プレイ法・興味を持つ点などに個性が出て面白くなると思います。

 では、前置きはこの辺にしてゲームスタート!


 プロローグ : バリューパックの購入
 掲示板への投稿ばかりで、ゲーム自体は20日近くやっていなかった私は、新たにやるゲームを買う事を決意。天翔記PK&将星録PKで希望小売価格16800円というバリューパックの存在を知っていたのでそれを買う事を決意。
 地元の駅でヨドバシカメラ・ビックカメラなどで探したのだが一本も置いてなく(単品や他のバリューパックはあったが)探すこと6件目。
 ようやく見つけたが、その値段は13900円。ずっと前にヨドバシカメラで12000円弱の値段で売られていただけに残念無念。

 PKセットを買うのは初めてなので、どんな感じなのかなと思っていたのだが、ちょっとがっかり。PKのマニュアルは小さいし、ソフト自体は本体と同じCD−ROMの中。掲示板で聞いてはいたが、マニュアルの小ささにはがっかり。

 ※関係ない話ですが、将星録はPKと本体が別のCD−ROMで入っていました。天翔記・将星録・両者のPKという4本のソフトのセットですが、CD−ROM3枚と各ソフトのマニュアル一式が入っています。

 買った日は今川でプレイしたのだが、どうもうまく行かない。織田を滅ぼすことすらままならず「あれえ?こんなに難しいゲームだったかな」と思いつつ終了。

 ※この直後、三国志6の発売延期のニュースを知りました。がっかりしている方も多いでしょうが、11月に天翔記をやって12月に三国志6なんてやったら人生終わっちゃうよと思っていただけに、少しほっとしました。
 遅れた分いいゲームにしてほしいですね。


 第1回 「1546年斉藤道三」の巻

1546年 双子(?)の姫
 ゲームを開始するといきなり「姫様の髪結いの儀式が終了しました」とのメッセージが。登場したのは帰蝶姫。「私も父上の元で働かせてくださいませ」と健気な事を言ってくれる。道三の娘はどのような感じなのか?という興味もあったので、さっそく姫武将に。
ところが同じ1546年の春、またも同じメッセージが出て歌姫という姫も登場。これまた姫武将にしたのだが、能力値を見てびっくり。2人ともうり二つの能力値の持ち主なのだ。
政才戦才智才魅力野望
帰蝶姫176A178A152A9026
歌姫170A180A152A9073

 在野にいた蜂須賀小六も配下に加え、道三・義龍・明智光秀・小六・2人の姫などまさにそうそうたる陣容に。統一は間違いなしといった状況だ。


1546夏 さっそく戦争
 春に兵を雇った斉藤軍は半分以下の兵士かいない北尾張に侵攻。難なく清洲城を手に入れられるだろうと思ったのだが、なんと斯波家と同盟を組んでいる浅井家が敵方に参戦。
 敵方の城を4つ全て攻略したが、我が国の兵力はわずか8千に。周囲が2万以上あることを考えると、いきなりの窮地といっていい状態だ。

1546年秋・冬
 米の相場は最高クラスの1.6。新領土の分も含めてかなりの収穫があったので、さっそく売却・・・と思ったんだが、光秀がふっかけようとして失敗し商人に追い返されてしまった。冬には0.8と暴落し米の売却は不可能になってしまった。

 友好度40の織田信秀から平手政秀が使いに。「何の用だ」と思ったんだが、何と同盟しようとのこと。周囲を敵に囲まれた状況下、渡りに船とはまさにこの事。2万を越す兵をもつ織田との同盟でだいぶ楽になった。


1547年
 浅井から国友村を奪った我が軍はさっそく鉄砲を購入。光秀の値切りもあって通常の4分の1の価格で購入できた。
 小谷城も攻略し、浅井を滅ぼすことに成功した。

 この年、畿内や四国のいろいろな勢力が細川家に降伏した。おかげで細川家はだんとつの強豪となった。


1548年
 徹底的に兵を雇った結果兵力は3万台に戻った。
 ところが、織田と同盟しているから大丈夫だろうと思っていた尾張に北畠勢が侵入。磯野・稲葉の活躍で犬山城で食い止められたからよかったものの危ないところだった。

 犬山城の防衛で北畠家が弱ったと見た我が軍は、失った城を奪還する戦いを発動。六角勢が敵についたため2.6万vs1.8万の接戦に。
 しかし、北畠の2城は道三の鉄砲隊によりほとんど兵を失わずに攻略し、観音寺城は義龍と2人の姫が攻め込んで難なく攻略した。
 この戦いの結果、我が軍は早くも10都市を領有することになった。


1549 本願寺・今川の衰亡
 三河に進出していた織田信秀が立て続けに今川領を攻略し今川家を滅ぼした。これで織田家は駿遠三尾の4国を有する強豪となった。

 勢力を拡大してプレイヤーを悩ませる事が多い本願寺だが細川に紀伊、畠山に加賀を攻略され長島のみとなった。
 一向一揆の原因の本願寺の衰退はありがたい事なのだが、長島1城になった本願寺は自分を滅ぼしかねない勢力として斉藤家を敵視。一向一揆をしかけてきた。


1549秋 長島本願寺の戦い 5.1vs3.6+0.8
 一向一揆の元凶を滅ぼしてやろうと長島本願寺攻め。六角勢が加担してきたが、ある程度の兵で作成したところ城に引っ込んでくれた。
 肝心の本願寺勢との戦いだが、武将が優秀だし鉄砲隊がずらり勢揃い。野戦には勝利できたが、城に攻め込んでびっくり仰天。1.4万の鉄砲隊がいかにも攻めづらそうな本丸を守っているではないか。

 尋常な手段でこの城を攻略するのは不可能だと思った私は退却を決意。風柳斎さんのリプレイで覚えた内応作戦で攻略しようと思ったのだが・・・。


1550年 相次ぐ凶事
 台風が我が領土を直撃した直後、朝倉勢が我が領土に侵入。細川・六角なども敵方につき、総勢5万もいるのだから勝負になるわけがない。
 3つの城を失い家臣5名が敵に降ってしまった。

 冬には細川勢が近江に侵入。今度は足利・朝倉が加担して総勢8万。道三を始めとする2万の我が軍は5万の敵を撃破したが全滅。道三はかろうじて脱出に成功したが、帰蝶姫まで敵に降ってしまった。

 我が国の領土はわずか5城に。細川勢の脅威にさらされ、早くも滅亡の危機に陥ってしまった。


1551年  復興計画
 わずか5城になってしまい収入はわずか1000に。スタート時よりも低くなってしまった。
 長島の本願寺が細川家に降ったため、最強勢力の細川家が近江・伊勢まで進出。いつ滅ぼされても不思議でない状況だ。

 しかし、リプレイである以上あきらめるわけにはいかないと思い、兵を雇いながら内政を整える事にした。


1552秋  突然の滅亡
 犬山城の内政が整備されたので、道三ら内政のできる武将を稲葉山城へ移動。

 ところが、その隙をついて細川勢が尾張に侵入。
 同盟国の織田が4万の軍勢を派遣してくれたが、斉藤軍3万に対し、細川・六角・足利軍は総勢17万!!
 一度は撃退に成功したが、その直後に再攻撃。今度は織田も傍観に回り、北尾張はあっけなく陥落してしまった。

 さらにその直後に美濃にも侵略。2.2万で稲葉山城にこもった道三に対し、細川・朝倉・足利の兵は7万。暗殺など目一杯の抵抗を試みはしたものの、なすすべもなく滅ぼされてしまった。


 1552年秋 細川家による3度の波状攻撃により斉藤道三は攻め滅ぼされた。 プレイ時間280分


 今回の一言 : 「暗殺の後の茶も格別だな」
 暗殺に成功した後に斉藤道三が言う言葉。職業が茶人のため、コマンド実行後のメッセージに「○○の後の茶も格別だな」というメッセージが出るのだが、暗殺の後にこのメッセージが出るとぞっとします。
 でも、道三にお似合いのような気もしますね。


☆ イベント発見記 ☆

 ゲームをやりながら発見したイベントを毎回書いていきます。これを見たよというだけなので、イベントを探す参考にはならないと思います。
 あらすじに関してはかなり省略しています。

1549年秋 フランシスコ=ザビエル日本に到着
 ザビエルの顔が表示され、「ジパングの人にも神の光が届き慈愛が満ちあふれますよう」とのメッセージが表示される。
 キリスト教の布教、南蛮貿易が開始しましたとのメッセージが出て終了。

 結果 : 南蛮貿易が始まり鉄鋼船を買えるようになる。PKではキリスト教の布教のルールもあるらしい。


1550春 大友家のお家騒動
 大友義鑑は嫡男である義鎮を疎んじ、次男を後継ぎにしようとした。義鎮を保養地に行かせ、その隙に義鎮派の家臣を殺そうとするが、最初の殺害の後、危機を感じた義鎮派の家臣が次男を殺害し、義鑑にも斬りつけて重傷を負わせる。
 急を聞きつけた義鎮が父の元に参上。「わしが悪かった」と言って義鑑は義鎮に家督を譲る。

 結果 : 大友義鎮(のちの宗麟)が当主に


1552春 陶隆房の反乱
 戦いで養嗣子を失いやる気をなくした大内義隆は遊興・学芸にふけり、次第に家臣の人望を失っていった。
 陶隆房と衝突し、謀反の噂まであったのに無視。実際に謀反軍が近づいてからあわてて逃げたが滅んでしまった。

 結果 : 大内領が丸ごと陶領になる。家紋も変わる。


道三、姫武将を叱責
 歴史イベントではありませんが以下の事が発生しました。

 教育コマンドで道三が帰蝶姫に兵学を教えたところ、退屈した帰蝶がトイレに行ってしまう。ああ勉強失敗かと思ったのですが、その後道三が「国家の大事について話をしている時に小便とは何事だ」と叱責。

 結果 : 心を入れ替えて勉強し、成功した場合と同じだけ能力値アップ。

ちゃちゃおさん
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天翔記リプレイ

 大名は斉藤道三しかも開始直後に父親と同じぐらい優秀な姫武将が誕生とまれに見る好条件でのプレイでしたが、誤算につぐ誤算で滅亡に至ってしまいました。

 天翔記ってこんなに難しかったっけ?というのが率直な感想です。

 今回の敗因としては以下の事が考えられます。


1.久しぶりのプレイなので、どうやっていいかわからない。
 SS版をほんの少しプレイしたのを除けば2年近くプレイしていませんでした。どれぐらいの相場の時に売買すればいいのか、戦いはいついどめばいいのかといった肝心な事も含めて全て忘れてしまっていました。

2.三国志5のプレイ法が頭に残っている
 長い間三国志5ばかりプレイしていたので、戦略・戦術とも三国志5向けの方法をとってしまっています。
 同じメーカーのゲームだから同じ作戦が通じるだろうと思いがちですが、光栄ゲームは各作品のルールにけっこうな違いがあり、別のゲームの知識はかえって邪魔になる事があります。

 天翔記には三国志5・将星録のような負傷兵のルールがないので兵の消耗がすごく激しいですし、三国志5の同盟は60ヶ月以内の期間を定めて締結しその間は絶対に破棄できないのに対し天翔記の同盟は期限はないもののいつでも破棄できるようになっています。

 さまざまなルールにこういった決定的な食い違いがありますので、三国志5で身に付いたプレイ法はむしろプレイヤーの足を引っ張りかねないのです。

3.作戦面での失敗
 いきなり斯波・浅井を相手にして兵のほとんどを失ってしまい、回復後も防備の行き届いていないところに攻め込まれ領土を奪われる・・・どたばた動いているわりには実入りが少なかったと思います。

 特にいけなかったのが1549年の本願寺攻めでした。要塞と化した長島を攻略しようとして手も足も出ず、兵が消耗したところを袋叩きにあい滅亡・・・長島にほとんど兵がいなかった序盤のうちに攻略しておくべきでした。

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天翔記結果報告 : 斉藤道三(2回目)

 久しぶりで勝ち方を忘れていた事もあり惨敗に終わってしまった斉藤道三でのプレイ。惨敗したままでは悔しいと思い再度プレイしました。

 プレイ条件は前回と同じく「1546年 斉藤道三 難級 やり直しなし」です。


1546年  ゲームスタート
 今回も帰蝶姫がいきなり登場。能力値は政才190A・戦才114・智才188Aで魅力100。諸葛亮も裸足で逃げ出すような名宰相候補といったところか。

 前回急成長を遂げた細川だが今回は波乱含み。開始早々に2大名が降伏したが、畠山家相手に当主細川晴元がまさかの戦死。
 北尾張に攻め込もうかどうか躊躇している間に斯波家が軍備を強化。織田と同盟を結んだこともあり手が出せなくなった。

1547年  火事場泥棒
 夏に六角家が浅井攻め。便乗して攻め込み今浜城を獲得したが、戦争終了と同時に今浜城に攻め込まれ大垣城まで失ってしまった。
 城1つ・兵7千・3将を失い周囲の勢力との友好度が低下。火事場泥棒をしようとして大やけどといったところだ。

1548・49年 細川と同盟
 前回は織田に滅ぼされた今川が尾張に侵攻。織田信秀は名古野城一城のみになってしまった。
 各地の弱小勢力が続々と細川に降伏する中、北尾張の斯波家までが降伏。北尾張を拠点に攻め込まれたらひとたまりもないので、貢ぎ物を献上し同盟を結んでもらった。

1550年夏 木曽福島城攻略 3.4vs1.0
 現在我が国の兵力は5.8万。美濃に閉じこもっていてもしょうがないので武田との戦いで弱体化した小笠原長時を攻撃。
 ところが戦闘力104で火攻めも使える長時相手に思いもよらぬ大苦戦。兵2万を失ってしまった。

1550年夏 犬山城攻略
 一度は細川家にくだった斯波家が再度独立。当然の事ながら細川家は北尾張討伐軍を差し向けた。
 我が軍も便乗し犬山城を攻略。よくばってはいけないと思い清洲城には攻め込まなかったが、後になって考えると楽々とれる状況だった。後悔したが後の祭りだ。

1551年 絶望的な戦力差
 六角勢が美濃に侵入。敵味方とも3.6万という接戦の中、勝利こそおさめたものの2.7万の兵を失ってしまった。
 急きょ兵を雇ったものの、現在の兵力は1.5万。多くの弱小勢力を戦わずして降伏させた細川家はなんと30万。大内など2番手以降の5勢力の合計より多いのだからおそれいる。

1552年春  頑張れ朝倉!!
 我が軍との戦いで傷ついた六角家を細川家が討滅。四国・畿内・中国東半分を領有する超巨大勢力になった。

 この状況をひっくり返すには、どこかの勢力が細川に攻め込んだ隙を狙って同盟を破棄し領土を奪うしかないと思っていたら朝倉が細川領に侵攻し若狭・近江を攻略。

 「頑張れ朝倉!いずれ俺も手伝ってやるぞ!」と思っていたのだが、その直後に美濃に侵攻!!

 兵力は我が軍の2倍、ほとんど全員が戦闘力100以上という朝倉軍に蹴散らされ、なすすべもなく滅亡してしまった。

 1552年春 細川と同盟を組みのうのうと暮らしていたが、突然朝倉に襲いかかられ滅亡 プレイ時間105分


☆ 敗因分析 ☆
 初回に続き今回もあっけない滅亡となってしまいました。三国志5のコンピュータは1ヶ月に1回しか攻め込まないだけに、天翔記のコンピュータの波状攻撃のえげつなさには心底困っています。

 前回の敗戦を「無駄に戦ったあげくの兵力消耗による滅亡」と分析した私は、今回はなるべく戦わずに戦力を温存する方針に出たのですが、周辺の勢力の強大化と武将の戦闘力の状況という自体に見舞われ、なすすべもなく亡び去ってしまいました。

 戦えば兵力が消耗するし戦わなければ周囲より弱くなってしまう・・・一体どうすればいいんだという状況ですが、なんとか解決しようと思っております。

其の93

其の95