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其の30

其の32




歴史評定 のお話 其の31


ド素人ですさん

剣術達者の武将(大名)っている?

素人質問で恐縮なんですが、剣術達者の武将(大名)ってどのくらいいるんですか?

北畠具教が
「塚原ト伝に剣術を学んでいた」
とかではなくて、

足利義輝が松永に攻められたときに
「秘蔵の名刀を抜き身のまま床に刺して、切れ味が落ちる度に別の刀に変えて振り続けた」
というような逸話的な、伝説的な話を知りたいです。
(北畠にも逸話はあったりして?)

武将とかって戦場では結構采配で戦った面がが多いと思うので、実際に刀ですごい振る舞いを見せたというのはあまり聞かないと思うんですけど。どうなんでしょうか?

まあ、戦国時代の武家に生まれた以上、剣術を鍛えて相当のレベルに達していたとは思うんですが...。

信長が本能寺で見せた剣術はすごかったんだろうな...。

筑前の民さん

山本勘助の実態について

はじめまして。
僕はNHK大河ドラマの頃からの武田ファンです。
ところで武田の家臣の山本勘助は、本当は何者なんですか。
長い間、信玄公の軍師といわれていたようですがいろいろな本を読むと築城の専門家とか忍者とかただの足軽とか人によって言うことが違うんです。武田に詳しいと自信のある方、本当のことを教えてください。

トチさん

山本勘助の実態について

私も詳しく分かりませんが、山本勘助は武田軍の軍師だったみたいです。
実際に存在しないのでは?という話も聞いたこともありますが、実際に存在していたみたいです。

昔の軍師は、策略をするのではなく、戦の日時を考えたり、この方角が吉とか、そんなことだったらしい?です。

いわゆる風水師と占い師みたいな感じ。

でも山本勘助は策略も練っていたみたいなので、軍師的役割と参謀的役割の2役をこなしていたみたいです。

「きつつきの戦法」が有名な話です。
結局この策が失敗し、勘助は討ち死にしました。

このような役職は、大名からの信頼がないとなれないみたいです。

以上、あっているか分かりませんが・・・・・。
間違っていたらゴメンナサイ!

HIDEさん
E-mail:
k-sone@geocities.co.jp

山本勘助の実態について

山本勘助は、甲陽軍鑑だけで紹介されている人物なので、実在していたかさえわからないそうです。
戦での参謀は主に馬場信房ら知将の面々が担当していて、情報収集などは、主に真田幸隆などの素破を多くかかえている武将が担当していたと思われます。

私自身の考えではありますが、もし、勘助が本当に実在していたらとしたら、信玄公に使えたときにはすでに60歳近くにはなっているはずなので、あんなに精力的には動けないと思います。
ですから、私の考えでは実在しない人物、仮想人物として認識しています。

冷泉 隆豊さん

山本勘助の実態について、ある本からの考察

山本勘助。

管助。晴幸。号道鬼。武田氏の軍師。
俗説では、三河牛窪(今の愛知県)の出身とあります。
隻眼で、歩調が整わず背が低く。
色黒の醜男らしい。←必ずしも俗説であるが・・・
入道(出家)して、諸国を遍歴し、天文学から兵法まで文武百般を修めたらしい。各地で仕官を求めたがその容姿ゆえに相手にされず、ようやく1543年頃板垣信方の推挙で武田信玄に足軽大将に用いられる。
以後信玄の知恵袋として、諸国の軍議に与る。
1561年、川中島合戦で「きつつき戦法」を編み出したが、上杉謙信に裏を掛かれて武田勢は大損害を被る。
そこで、勘助は責任を感じて上杉軍に突撃。戦死したといわれる。
武田二十四将のうち最も有名であるが、実態の事跡には、謎が多い。
一時は、勘助の実跡を示す「甲陽軍艦」が否定され同時に架空人物説が唱えられた。
しかし。
1969年、「山本管助」との人名を残す資料が発見され。実在説の有力な根拠となっている。
現在では、築城技術に秀でた、実在の人物・山本管助に天才軍師の伝説を仮託した可能性も考えられているらしい。

っと、言うわけで我、冷泉隆豊の家にあった資料からの調べてみました。我がわかるのはここまでです(汗)
真田十勇士と同じように例えば海野六郎や根津甚八のように実在の人物やモデルから発展したのでは?と、我は考えます。(ただし真田十勇士は、誰がモデルとかは、不詳らしいですが・・)
また、天才軍師の伝説と天才築城師「山本管助」がかさなって「山本勘助」なったのではないかと思います。

ちなみに、勘助が信玄に用いられたとされる1543年は、信玄が父信虎を駿河に追い出して家督を相続して、2〜3年後のことになりますね。
以上です。我の貧弱な知識がお役に立てれば本望です。

TOKIさん
E-mail:
wbs14648@mail.wbs.ne.jp

政宗は東北弁を話していたか?

大河ドラマなどでは、地方の大名も標準語(?)で話していますが、実際はすごい方弁が入っていたのではないでしょうか。
秀吉の朝鮮出兵の際、名護屋に在陣している諸将たちは他の国の者達と世間話などをしていたそうですが、特に東北の大名たちは訛りがひどく、まともに話などできなかったらしいですし・・・・・。
やっぱお城育ちだから京言葉で話していたんでしょうか?
分かる方教えてください。

曾根昌世さん
E-mail:
k-sone@geocities.co.jp

私も知りたいです

 初めて投稿します。
 私もそれについて興味があります。以下推論ですが…

 江戸時代、武士が江戸に住むことになって、共通の言葉が必要になった時、地方の武士も知っている室町期の狂言ことば(「〜ござる」「〜ござりまする」)が用いられ、武士ことばとして定着したんだそうです。
 維新戦争の折り、西の武士が東北に行って論判しようとしたが通じないので、お互い謡曲ことばで話したという事もあったそうです。

 維新時さえこれですから、おそらく戦国時代は地元ではべたべたの方言、中央では能や狂言のことばを駆使して意志疎通をしたのでは、と思っています。明快なお答えがあれば私も聞きたいですね。

権謀術数さん
E-mail:
aag22310@pop02.odn.ne.jp

大昔の医術

初めてでなんか不安な、権謀術数と申します。
さて、私は三国志が大好きでこのホームページを見つけたときはとてもうれしかったです。
それでは本題(質問)に入りますがコーエーのゲームにおいて、「せいのう書」などの医学書がありますよね。これを持っていれば病気が一ヶ月で治ったりしますが(ゲームはね)ほんとのところこの時代の医学はどのようなレベルだったのでしょうか、詳しくわかる人がいれば教えて下さい。

芸州浪人さん

蜀漢の孟たんについて

皆さんは、蜀漢の輔漢将軍孟たんて、知ってますか。蜀漢の精鋭部隊(虎歩監)の指揮官でもあり、五丈原で活躍してます。どうも諸葛亮の南中平定後に起用されたみたいです。この他に何か知っている事があったら、教えてください。
参考文献
「三国志軍事ガイド」
新紀元社、篠田耕一

かまくらさん

チムールの本

チムールに関する本を探しています。
あるいは、サマルカンドに関する本です。
なにかいい本はありませんでしょうか?

芸州浪人さん

大滝秀治さん主演の三国志について

 今から数年前、フジTVの花王名人劇場に大滝秀治さんが、正史「三国志」の著者陳寿の役で出てたんですけど、この事について何かご存じでしたら教えて下さい。

冷泉隆豊さん

大内家って弱い・・・

大内義隆。
ゲームでは、弱いのですが史実では、結構イケてたんですがねぇ。
1524年に、父・守護大内義興と安芸に出陣してるし
1528年に、家督を相続してから
1536年に、武藤(小弐)資元を討ってます
1540年に、陶晴賢をやって、尼子を敗走させてます
1541年に、安芸守護武田氏を滅ぼしてますし・・・
まぁ・・・ここから1551年に晴賢の謀反までイイところ無しですが・・・(戦闘で・・)
そのせいかわかりませんが・・・<能力低い
四国の一条兼定や関東の上杉憲政とか・・・
北陸の朝倉義景なんかより・・
使える大名ですよっ我が主大内義隆殿は・・・・

信長の野望烈風伝には・・・
大内家すらないし・・
逆賊・陶晴賢はもちろん我が・冷泉家も杉家も弘中家もでてないよ・・・(涙)
8/27発売のパワーアップキットに期待しませう。
独自の武将や大名が作れるらしいっ♪

さん
E-mail:
nkusama@peach.ocn.ne.jp

荒木村重について

はじめまして。はじめてです(投稿が)。
最近,ちょっとした理由で村重さんについて調べているんですが,手元の資料(といってもたいしたものではありません)に書いてあることについてわからないことがありましたんで,どなたか知っている方がおられましたら,無知な私に教えてやってください。
で,疑問というのは村重が和田惟政を討ち取って,茨木城が落城したときの年についてです。
資料に書いてあることがばらばらなんです。
永禄十一年や元亀二年,天正元年,中には天文二十一年なんていうのもあるんです。
結局,本当のところは何年なんでしょう。
よろしくお願いします。

captain-Tさん
E-mail:
tkashi@hotmail.com

私が三国志の武将で一番しぶいと思う人

それは、廖化です。
前半に出てきて、蜀の最後までいた人ですが、見落とされがちですね。
かなりの猛者だったはずだと思うんですがね。 (関羽への援軍要請のために一騎で包囲網を破って出る等)
皆さんはどう思いますか?

二ノ宮 恵さん
E-mail:
kei_ninomiya@excite.co.jp

どうでしょう?

私は廖化、もしくは夏候覇ですね。
前者は関羽が討たれてより後、90歳くらいまで生きた上に車騎将軍にまでなっています。
後者は張飛の側室の一人が夏候氏であったために、魏の王族であったがゆえに逃げ出し、蜀でまた王族扱いで過ごしているのですから。
それにしても、蜀で最後まで名を残した武将たちが全員魏からの投降者だということが面白いですね。王平だってそうでしょ?
正史についてはそうですが、三国志演義だと劉備だと思うんだけどどうでしょう?

斎藤道三さん

三国志最強の武将は?

三国志、正史にも演義にもたくさんの武将が登場しています。その中で敢えて最強の将を述べるなら誰でしょう?

当たり前で呂布!と思う人もたくさんいるでしょう。しかし、呂布は実際馬超とも、魏延とも戦っていませんし、劉備・関羽・張飛の三人と戦ったのも実際はどうでしょう?一概に呂布が最強と言う前に皆さんの冷静な判断をお聞きしたいです。

例えば、黄忠なんてどうでしょう?彼は三国志に登場した時点でもうすでに60歳余り。その年で関羽と引き分け、夏侯淵を討ち取るのだから、彼が若かりし頃の強さはものすごいはずです。

別に呂布を否定しているわけではありません。どうかご意見たくさんお書き下さい。

真壁二郎誠さん

婁圭について

皆さんは婁圭、字は子伯、南陽の人を知ってますか? 曹操をして「わしも及ばぬ」と言わしめた軍事参謀です。けい州侵攻や対馬超戦に大いに貢献しましたが、曹操に対する陰口を密告され処刑されました。皆さんは曹操の参謀というとじゅんいく、じゅんゆう、郭嘉等を(官渡の戦いの時点で)連想されるでしょうが、実は軍事面の有能な参謀として婁圭がいたのです。因みに「演義」では、夢梅居士の名で登場します。ゲームでは昔、天舞三国志(正史版)に出てました。コーエーも正史版だせば良いのにね。

明智十兵衛さん

直江状の有無について

 はじめて投稿いたします。
関が原の戦いというのは、私にとってすごく興味ぶかい合戦なのですが、その名場面の1つに、上杉家宰相 直江兼続から徳川家康への挑戦状ともいうべき直江状があります。しかし現在ではこれはなかった、フィクションであるということになってるらしいのですが、いったいどういう理由からなのでしょうか?とるにたらないつまらないことかもしれませんが、お詳しい方、こうだからではないか?という方いらっしゃいましたらお返事ください。
よろしくお願いします。

大友さん
E-mail:
brief@ipc-tokai.or.jp
HP:カフェ@シアター

大友氏の軍師について

突然ですが、九州大友氏の軍師であった「角隈石宗(?)」という人について知りたいです。
確か、最後の負け戦に自分の兵法書を焼き捨てて戦場へ向かったということは聞きました。
他に何か知っている人がいたら教えてください。(兵法書の名前とか)お願いします。

尚夫さん
E-mail:
inoue04@po2.across.or.jp

犬タイプと猫タイプ

面白い話を聞きました。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3人を犬タイプと猫タイプに分類してみる、という話です。犬タイプの人は学習型、堅実、働き者、上の人間に対して従順で、集団行動のできる人ということです。猫タイプの人は天才型、一発逆転型思考、怠惰、反骨心があり、集団行動が、苦手だということです。この分類方法では織田信長が猫タイプ、徳川家康が犬タイプ、豊臣秀吉が犬のふりをした猫タイプに分類されるそうです。ぴったりじゃないかと思います。

インザーギさん
E-mail:
inzagi@hikoboshi.net

本多忠勝について

だれか本多忠勝について詳しく教えてもらえないですか?
ぼくは、昔から本多忠勝が大好きです。

ぽこぺんさん

東洋史専門の事典

はじめてお便りします。
東洋史専門の事典もしくは、人名事典でお手ごろなものがありましたら、御紹介下さい。
あと歴史を題材とした漫画で皆様のおすすめされるものがありましたら、教えていただきたいなぁ。

(題名がありませんでしたので、こちらで付けさせていただきました。管理人)

武田四郎さん

歴史漫画

歴史の漫画は横山光輝さんが「三国志」、「史記」をはじめとする中華史と「武田信玄」、「伊達政宗」などの戦国武将物を沢山出しています。ほかに守屋洋と言う人が描いた「三国志」がリアルで面白かったです。

一沙鴎さん

簡単で失礼ですが。

どこかの出版社か忘れましたが、「東洋史事典」という本があったはずです。
(ちなみの「西洋史事典」というのもあります。)
近くの図書館か、あるいは東京近郊でしたら神保町にある東洋史専門店書店(東方書店・内山書店)か大きめな本屋(書泉・三省堂)にあると想います。
ちなみに値段は張りますが、これさえあれば人名事典も要らないでしょう。

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