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輝信さん
サリバーさん。僕も長宗我部(戦国大名系譜人名事典,クロニック戦国全史等で調べたがいずれも長宗我部)だと思っていたところ「歴史と旅」の臨時増刊号(1995年7月10日号),世界大百科事典(平凡社),室町・安土桃山時代医学史の研究(吉川弘文館),日本系譜総覧(講談社学術文庫)等には長曽我部と書いてありました。
さらに僕の持っている本(今探している)には「ちょうそかべ」ではなく「ちょうすがめ」と書いてありました。いったいどれが本当なのでしょう。
まあ武将の名については史料自体バラバラですし,余程確証がない限り人の書いたものについて指摘などはしない方が無難だと思いますよ。
指摘する前にまず自分で調べることですね。
さて桂一さん,サリバーさんの問題に更に問題を付け加えます。
サリバーさんの問題の答えとほとんど同じことを言ったと言われる武将が氏康以外にもう一人います。その武将の名前を答えて下さい。
それから桂一さん「書」とはまさか小説のことではないでしょうね。小説を鵜呑みにしているとすればそれは間違いですよ。
桂一さんは当然違うとは思いますが僕自身がそうでしたので,もし小説は小説家が徹底的に史料等を調べて書いているので(当然調べているのだが)絶対だと思っている人のために書きますが。僕の信頼していた謀有名作家は,上杉謙信の生涯を書いた作品の中で,飯富虎昌を今川家の家臣として書いていました(実際は武田家譜代の家臣)。
それ以来小説はあくまでも参考として,気になる箇所は自分で調べるようになりました。もちろん小説には締め切り等の都合もあり武田家の事まで調べる余裕が無かったのでしょう。その後に書かれた同作家の「武田信玄」では当然誤りは訂正されていて,なかなかのものでした。
小説は学術書でも専門書でもありません。小説家自らが言っているように,小説は面白くなければなりません。そのため小説家自らの意に添わない解釈を採用する事もありますし,場合によっては嘘を書くこともあるそうです。
しかしクイズとは凄いですね,戦国関連の問題など農業,商業は言うに及ばず文化,医学,大名の領国経営など学術書,専門書を動員すればいくらでも作り出せます。僕にはそれらの問題に答える自信などはとてもありません。
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マークSさん
小説等はいっさい読まず,古本屋などを巡り高価な学術書や専門書等を購入し読み漁っているマニアなどと議論をした場合,小説から得た知識だけでは到底太刀打ちできません。
サリバーさんは今回の問題を「名将言行録」から抜粋したものと思いますが,おそらく彼等はそれを確認するために問題を「名将言行録」の192人の武将の言葉の中から出してきますよ。それも出来るだけ原文に近い形で書けなどと言ってきたらどうします?
自信があるなどと眠っている虎を起こしてしまうようなことを書くのは避けた方がいいですよ。
ちなみに僕はネットに潜む虎に喰い殺された一人です。そういえば「名将言行録」では長曽我部でした。
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アキズミさん
輝信さん,私も見つけましたよ。
司馬遼太郎先生の功名が辻(1)(文春文庫)の234ページの13行目です。
「武田百三十三万石は,織田家.と徳川家のものとなった。」とありますがこれはこの小説の中では長篠の合戦直後という事になっています。
しかし実際は,長篠の合戦が1575年,勝頼が天目山麓の田野で非業の死を遂げることによって武田が滅んだのが1582年3月11日(歴史群像シリーズ�ι�林火山 信玄の戦いと武田二十四将)ですので,合戦の後7年間は以前として百三十三万石は武田の領土ということになります。
確かに合戦以後は著しく衰退してしまったらしいので,滅亡したも同然と解釈する事は出来ますが,史実とは違います。
とはいえ司馬先生がこれを知らなかった筈は絶対にありません。
物語の進行上必要な処置であったのだと思います。
しかし全く予備知識もなくこれを読んだ場合,「司馬先生の書くことに間違いは無い」と鵜呑みにしてしまう可能性もあります。
たとえそうであったとしても私としては,やはり小説は面白くあるべきだと思います。
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高野聖さん
私もアキズミ氏に同感です。学術書、史実書が全て正しければまず歴史学なんか成立しないと思います。斎藤道三が一代で美濃を奪取した話が今では二代でというような話が出てきているくらいですから・・
山科言継卿日記なんぞは本能寺の変直後は誰が天下を取っても良いように2通り書いていたなどと聞いたこともあるし・・
時の権力者によって内容が変えられた書物なんぞ所詮、小説と同じ、幾ばくの違いも感じられませんが・・ 書かれた時代が違うだけ・・
また大体歴史小説を書く人間が前出のような初歩的な間違いなどするとは思いませんが、小説の流れ上わざとそうしたのでは・・
ちなみに私は非常にうそっぽい生涯を喧伝されている山中鹿之介公が一番好きです。なにしろ小説が面白いのなんの。皆さん一度どうですか?
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サリバーさん
輝信さん、マークSさん、ご教授いただいてありがとうございます。
おっしゃっていることがとてもよくわかり、気を引き締めたところです。
確かに、小説を読んで感動して、少々わかったような顔をしていたかも知れません。
もしかしたら、鼻が伸びていたような点があるかもしれませんね。
でも、お二人の知識を知ってますます、歴史のことが知りたくなりました。
「負けたくない」んですね、本当のことを言えば。
お二人はこのように言われました。
「クイズは専門書を動員すればいくらでもでき、それらの問題に答える自信などない」
「それらを確認するために問題を・・・
眠っている虎を起こしてしまうようなことを書くのは避けた方がいいですよ」と。
実は僕はこのように言われるのがとても腹立たしいのです。
いいじゃないですか。勝てなくても、寝ている虎を起こしても。
だってもっと詳しくなりたいんですから。
僕は、Hiro.Kさんが許してもらえる限り、ここでいろいろな話しをしたいと思っています。
僕は思うんです。今、「信長の野望」を通じて歴史ファンがとても多くなっています。
例えば今日からゲームを始めた小学6年生が、もしこのHPを見て「専門文献のクイズ」に興味を持つでしょうか?
「甲州法度がある」くらいしか知らない人にとって、全く無意味な討論をしようとなんて思っていません。
馬鹿らしいほどの愚問(勝手に線引きしちゃってますけど)には、答える気にならないし。
少しでも「歴史好きの」心をくすぐるような話しを進めたいと思っているのです。
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アキズミさん
高野聖さん賛同していただき有り難うございました。
ただ誤解の無いように言っておきますが。私は輝信さんの意見に反対してしているのではなく,賛同しているのです。
私も輝信さん同様「小説はあくまでも参考として,気になる箇所は自分で調べるようになりました。」のくちですが,信じる信じないは別として主体はあくまでも小説です。
なんといっても専門書に比べて読みやすいですからね。
その読みにくい専門書の「島津義弘のすべて」(新人物往来社)の31ページの1行目にこうありました「本来作家は,まれな例外はあっても,嘘を書くことに喜びを覚え,かつ信条とする」,小説を多く読めば読むほど,なるほどこれは真実だと思えてきます。
さて斎藤道三の国盗りの場合,「美濃国諸旧記」や「信長公記」等の様に道三一代でなされたというものが,「岐阜県史」編纂を機に実は親子二代でなされたのではないか,という事についてですが,これは当然改訂された学術書や史書には書かれている筈です。
通説に疑問を投げ掛けるような事があれば,まず対応するのが学術書や史書の様な専門書で,それらを元に書かれたのが小説だと思います。
私は小説の後ろに記述されている参考文献に,学術書や史書が記述されているのを見たことはありますが,現代の作家が書いた小説が載っているのを見たことがありません。
あるのでしたら詳しい情報を下さい。
それから小説が現代の史書と言うのはどうかと思います。
現代の小説に書かれた明らかな嘘は史実にはなりませんが,過去に書かれた史書の内容については,嘘である事が証明出来ない限り,史実であり続けるのだと思います。
そこが現代に書かれた小説と史書の違いではないでしょうか。
不明瞭な嘘と,明瞭な嘘では大きく違うと思います。
それからサリバーさん,一度ニフティの「歴史フォーラム」を覗いてみたらいかかがですか。
誰かさんの言葉を拝借すれば正に「ネットに潜む虎」の巣窟ですよ。
あそこに載せている奴の一人はこのHPを見て,「あそこに書いている連中はもとから程度が低い」などとぬかしていました。
得意の負けん気で虎退治をしてきたらいかがですか。
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