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其の7

其の9




歴史評定 のお話 其の8


佐伯惟定さん

ういっす。佐伯惟定です。いやー将星録面白いっすね。発売日に買い込んで3日で全国統一に持ち込んだので鉄鋼船も大砲も使いませんでしたが、東北での戦いにはちょっと苦労しました。将星録は攻城戦や領国経営に視点がおかれていますが、個人的な好みとしては一作前の方が良かった様な気がします。登場部将の経歴が詳しく分かるというのも良かった。前作で日向伊東家の部将・山田匡徳の名前が間違っていたので、光栄宛に手紙を送ったところ将星録ではしっかり直っていました。さすが光栄。

個人的には立花宗茂がよいですね。「その忠勇鎮西一」といわれ、豊臣、徳川の二家から信頼をよせられたのは彼ぐらいのものでしょう。

Yoshikawa, Tさん

 このHPをつい最近知りました。興味を持ってアクセスさせていただいています。まだ投稿なさっている皆さんのご意見を、すべて拝見させていただいているわけではないので、大きなことは云えないのですが、一冊の興味深い本がありますので紹介いたします。

 明石散人 「二人の天魔王・『信長 』の真実」(講談社文庫)という作品です。あるいはすでに皆さんからこの本の紹介があったかとも思われますが、その際はご容赦ください。

 この本では、室町第六代将軍足利義教(よしのり)との比較を交えて、従来とはかなり違った信長像が展開されています。

 まず作者は、信長を「誰よりも愛する武将」としながらも、優柔不断で人の好い田舎大名」と云いきっています。足利義昭と信長の図式も「インテリ詐欺師に騙される成金おやじの悲哀」と形容しています。

 また、興味深いところでは、織田家本来の嫡統は信長ではなく、弟の勘十郎信行であるとしているところです。

 本能寺の変においても、光秀は最初から天下人への戦略をきちんと持っていたとしています(ただ豊臣秀吉が光秀の想像を遥かに越えた度胆を抜く武将だった)。また、本能寺の変を秀吉に伝えたのは、他でもない光秀本人だったともいっています。
それに、仮に光秀が信長を討たなくても、秀吉・家康のいずれかが事を起こしていただろうと述べています。実は中国攻めに秀吉が信長の出馬を求めていたのも、そこで信長・信忠を殺すためだった(安国寺恵瓊や小早川隆景ともその話は出来ていた)のであると。

 さて、本を紹介するにあたって、その意を違うことなく伝えることは不可能なので、詳しくを述べませんが、機会がありましたらお読みください。ただし、この本に書かれていることがらが、もろ手を挙げて納得できるものばかりではないと思います。私個人も、こじつけや単なる根拠のない想像ではないかと感じる部分が多々あります。ただ、それを差し引いても十分に興味深い作品だと思います。

佐助さん

始めまして。僕、よく知らないんだけど、真田十勇士って本当はいないんですか?あと漫画で見たんだけど、前田慶次(字が違うかな?)は存在したんですか?
どこまで本当何でしょう?

宇喜多秀家さん

佐助さんのお話についてです。

真田十勇士は、実在しません。日本人が生んだ、想像上の人物たちです。講談で登場しました。

前田慶次は実在します。彼に関する歴史的文献はほとんど有りません。
しかし、彼が「しょんべん」をひっかけただとかいうのは、後世の作り話です。
彼は、文武両道に秀でた人間でしたが、奇行があまりにも多く、また、嫉妬も有り、そのため、叔父(といっても血はつながってない)利家としっくりいかず、加賀藩を出ていったことは有名です。(奇行を行なっていたというのも、あるいは作り話かもしれない。しかし、かぶいていたことだけは、事実です。本人が晩年の日記の中で回想して書いています。)
その際、冷たい風呂に利家を入れたというのはうそです。
あと、戦場では、槍をふるうというよりも、棒(丸太)を振るいながら、常に前田軍の先頭で活躍したこと、上杉対最上との抗争では、一騎がけをし、敵を蹴散らしたことも事実です。
また、彼が一夢庵と名乗り、晩年を上杉家の家来として過ごしたことも事実です。
他、いろいろ彼については話がありますが、ほとんどは、大久保彦左衛門と同じで、作り話が多いようです。
(かぶきご免状なるものも、うそっぽいなあ・・・。)

でした。

稲富 忠勝さん

陽頭さんへ
金瓶梅の本は何冊かでております。
確か平凡社あたりからでていたはずです。値段はわすれましたが,高かったはずです。三国志や西遊記などのように、子供向けにやさしく書かれた物,吉川英治や陳舜臣さんのように自分なりの解釈でアレンジしたものはありません。
ご承知のように三国志や水滸伝はかなりたくさんの研究本がでています。関羽,孔明など一人の武将に関する本もあります。金瓶梅の研究本はあるにはありますが,ほとんどありません。中国本土の評価はわかりませんが、日本での金瓶梅の評価は悪いようです。
三国志のような壮大なドラマ性や水滸伝のような民衆の英雄といったような話ではありません。
金瓶梅のストーリーはご存じでしょうか。実は水滸伝をもとにした話です。登場人物も水滸伝にでてくる人物です。悪役です。賄賂を使って民衆をいじめる悪い旦那が主人公です。主人公は日々,女の人をあさって暮らしています。贅沢ざんまいの暮らしをして,女の人のことしか頭にありません。女の召使い同士の嫉妬による争いや主人公の色事師ぶりが生々しく書かれています。漫画版もありますが、成人指定を受けています。しかし、三国志や水滸伝のような話は現実離れしています。
金瓶梅は乱れた生活が生々しく描写されています。エッチな話です。えげつない描写もあります。あまり人に面白い,感動するといって進めれる本ではありません。三国志のように何度も読みたいと思う本ではありません。

佐助さん

宇喜多 秀家さんどうもありがとう。
それでは真田幸村ってどんな人だったのでしょうか?一番事実に近いと思われる本と真田十勇士がでてきてカッコイイやつをどなたか教えてください。

才蔵さん

真田十勇士について  宇喜多秀家殿、十勇士はすべてがすべて架空ではありませんぞ。
それぞれ、モデルになった人物は存在したようです。

猿飛佐助は、拙者の読んだ書物によれば実在したそうな。
本名は、三雲佐助賢春(よしはる)
甲賀五十三家といわれる近江国郷士のうち、三雲氏というのがある。
戦国の中頃、三雲新佐衛門賢持(よしもち)という人物がでて、近江の守護佐々木家に仕え、間忍のことを司った。
長亨元年、足利義尚が近江に攻め入ったときに、三雲新佐衛門らが近江国マガリノ里で夜霧に乗じて夜襲、敵軍を潰走させたそうな。
この事は、「淡海故録」という古書に載っている。
 その新佐衛門賢持の子、賢方(よしかた)の代に、主家の佐々木氏が信長公に滅ぼされ、賢方は、山林に隠れた。賢方には、三人の子があって、兄ふたりは忍者として、上杉、筒井氏などに仕えさせたというが、末子佐助のみは手元に置いてさらに修行をつませた。
「メイ渓事跡」にも、修行中の佐助の身軽さに関する記述がある。
 父賢方の死後、甲賀の山を下りて、つてをもとめ、豊臣家に仕えた。
 猿飛佐助は、その三雲賢春がモデルであろう。

司馬遼太郎「風神の門」より

 その他の者たちについては、分かり次第、お知らせいたす所存。

P.S.奇妙丸殿、先日の歴史チャットの佐助にござる。高札、ありがとうござりました。
  半兵衛殿、無事侵入成功、ブックマークいたした。次からは、ひとっとびでござる。
チャカさん

やはり、強い人ばかりの話は多いですな。でも、派手な人の影には必ず義の人達や、名も知られずに散っていった人もいるんですよ。例えば、大内家に仕え、陶の謀反に対し、最期まで反抗し主君の介錯までし、さらには最期まで陶の寄せ手と戦った、義の人冷泉殿。
他に、三国志に飛んでけば呂布の配下高順。演義ではただの下っ端でも、実はやっぱり義の人。
ちなみに、冷泉は天翔記のイベント、「蜜月の終焉」で、ちゃんと活躍します。
気合で主君を自分の城へ入れ、殿軍を務め、頑張ってました。
さいなら。

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