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其の24

其の26




歴史評定 のお話 其の25


マモルさん
E-mail:
nobunari@tky2.3web.ne.jp
HP:歴史If城

歴史を紐解いて・・・

マモルで御座る。
風呂場で書状の内容を考えていたのだが、ふと・・・思う所があって投稿致した。

拙者は、自分が歴史探検家であると思う。歴史を紐解くのに苦労をしつつ・・・ワクワクという感情を持ち、そして新事実(宝)にありつく。それは拙者のみならず、皆様もそうだと思う。

ある書物を読んでいた時・・・後藤貴明と言う仁が出てまいった。この仁、肥前松浦党や有馬家に属して龍造寺と戦い、後に龍造寺家に参加している。そして彼には養子がおった。平戸松浦道可の三男で後藤惟明と申す仁である。しかし、貴明に実子・晴明が生まれた為、貴明と惟明の仲が悪くなり、惟明は謀反をおこすのであるが、貴明に味方した龍造寺家に叩かれ、平戸に落ち延び申した。
そこで・・・注意書きとして
「この子を後藤又兵衛基次と申し、初めは黒田長政に仕え高麗まで名を上げた・・・」
ちょ・ちょ・ちょっと待て!後藤又兵衛は姫路近郊山田村で生まれ、別所家の侍大将・後藤将監基国の子じゃないの?!
言わば、お宝の地図を発見した感じだった・・・
しかし、ここで歴史を知る上での鉄則!
・一文献を鵜呑みに信じてはならない。
と言う事で色々調べ・・・結局、この情報は信憑性が希薄であることが分かり申した。
北肥戦誌に「惟明は平戸領早岐に居住す云々」とあったからだ・・・
でも、惟明=又兵衛説も忘れてはならない・・・そんな話もあるんだ・・・って・・・

歴史を判断するのは自分自身しか居ない。他の誰でも無い。それでも客観的に判断しなければならないのは確かだ・・・その為に文献を探し、新事実を発掘する探検家なんだ・・・(講談や小説というトラップもあるし・・・)

市松さん

歴史とは・・・・・

申し訳ありませんがぼやかせて下さい。
先日大河ドラマを見ていてふと思いました。歴史とは何なのか?
早い話が過去の出来事であり、昔の人達がどういう風に生きてきたかの記録です。つまり、人間と人間のお話な訳で例えば本能寺の変もエジプトで先日起こったテロもその事件を起こした人やその被害者の心理状態も似たようなものなのかも知れません。そこで皆さんにも考えてほしいのです。
”人間と人間のドラマ”としての歴史を。
例えば、マモル殿が書いていらっしゃる悲しい武将?シリーズに登場した武将達はその運命との葛藤の中でなにを感じ何を思ったかという事を。
私個人の主張の押し付けと感じられるかとも思いますが、どなたか反応してくださると嬉しいです。
市松でした。

マモルさん
E-mail:
nobunari@tky2.3web.ne.jp
HP:歴史If城

正しく人間同士のドラマ

久しぶりのマモルで御座る!

市松殿の言われる通り、歴史とは正しく人間同士のドラマで御座る。

例えば…近江の客将になっていた竹中半兵衛は、斎藤家が滅ぶのをどの思いで見聞きしていたのだろうか…笑っていただろうか…泣いていただろうか…或は何も思わなかったのだろうか…
残念ながら記録には載っていない…でも、拙者は「泣いていた」のでは?と思っている。
これは皆様に押し付けているわけではありませぬ。皆様には皆様なりのお考えがありましょう。

勝った負けただけで語れる歴史など…歴史では無い。
勝つ為にはどれぐらい苦労をし、どれぐらいの犠牲をはらったか…
負けた理由にはどんな失敗があり、どのような結末を迎えたか…

これらを考慮して先人の轍を踏み、或は踏まずして進もうと考えさせてくれる…それこそが歴史であると思う。だから面白い。
ここにこられる方々には常識でしょうがね…(^^;

PS:久しぶりの投稿故…乱文失礼しました。

維新入道さん
E-mail:
hifukus@ibm.net

毛利元就終わってしまいましたね

久しぶりの投稿の維新入道です。元就終わってしまいましたね。彼についてのイメージは、誰よりも優れた知謀と三人の優れた息子をもつ父という程度のものでした。
しかし大河ドラマを見ていると、優れた戦略家の前に一人の人間なんだなと感じました。
そこには、孤独であった少年時代に培った優しさをもった元就の姿が見えました。
これはいつも思うことですが、大河ドラマの最終回は主人公の死ですが、人は死んだらどうなるのか?どこへ行くのか?ということがすごく重点的に描かれていると思います死というのは一つの終わりであり、また始まりかもしれません。
歴史の中で、どんなに優れた人間でも死後は皆一緒であり、結局一人の人間ははかないものであると思います。元就を見てそう感じました。
次回作の徳川慶喜も、将軍という地位においての行動、時代の流れを痛感し、そこで将軍の前に一人の人間である彼もいろんな葛藤が生じるでしょう。そして元就のように人間の強さや弱さが出てくるでしょう。それが人間の最大の魅力であると私は思います。
それを大河ドラマにより感じました。

この記事ついての感想をお待ちしています。

oopsさん
E-mail:
dai@y7.net

毛利元就

私は,「毛利元就」最悪だぁと思いながら見てましたよ.
結局,大河ドラマでしかなかった.女性が脚本を書いてたせいか,女性に重点が置かれ,そのため,元就が家というか自分の館にいるときの生活が中心だったと思います.
それで,ふつうのドラマの登場人物としての元就とその家族の団欒が中心となった.ま,そういうのは女性視聴者とか年行った人とかには楽しめる内容だったのかもしれません.けど,私はふつうの茶の間のドラマを期待していなかったし,そういうのは見る気もしないのです.人の死について問うことは,別に「毛利元就」の中でやる必要はないと思うし,適当に多数の人に楽しめる最後のシーンでしたねというほかないでしょう.
私は,一人の人としての元就ではなく,戦国時代の国人領主から大戦国大名になった元就を描いて欲しかったと思ってます.そして,評定とか裁判とかの日常の仕事とか,家臣団をどう構築していったとか,情報収集のためにどんな組織を持っていたとか,戦場ではどういった態度で望んでいったとか見たかったのにな.

#ちょっときつく書いてありますが,私の浅はかさに
#過ぎないので気にしないでください.

「徳川慶喜」は幕末側の人をクローズアップしてくれればいいなと期待しています.私は,小栗忠順ファンなので(ってよく知っているわけでもないが),彼の活躍と江戸城開城の際の奮闘と失意のシーンを待ち望んでいるのです.戦えば勝てたかもしれない状況下で大奥に下がって徳川政権から薩長政権への移行の原因を作った慶喜の不甲斐なさを大いに笑えればそれでいいな.
忠順の役って誰なんでしょうね.

市松さん

ドラマと事実

そりゃそうだ。
ドラマは所詮歴史の資料から作られた、視聴者第一の内容なんですから。
あくまでも内容が万人向けでなくてはならない。
当然感情移入しやすいよう、できている。
そこがドラマの長所であり、同時に限界である。そう思います。
きつい内容ですね、我ながら。
現実としてNHKさんとしては、実生活録をやるとしたらは大河ドラマではなく、堂々日本史でやると思います。

私は徳川慶喜で四賢候がみたい、そんな気がします。

でしゃばり市松でした。

Wombadさん

大河ドラマって

 「ドラマ」というのは、「劇」。「大河小説」とは、「登場人物の生き方を、その社会的・時代的背景から、大規模に描いた長編小説」とのこと。
 「大河ドラマ」は、まだこなれた日本語ではないようで、造語の域をでないとしても、上記の二つの言葉から何を示すか察しがつきますよね(老婆心ですが)。
 つまり、ある人の生き方をどういう切り口でどういう味付けをして見せるかが、「大河ドラマ」だと思います。oopsさんのご意見は、今回のそれが期待外れだったと言うことだと思います。まぁ、大規模に描いたもであるからには色んな切り口が詰め込んであっても良いと思います。oopsさんもその他大勢の人も楽しめるような。理想ですが。
 ただ、「大河ドラマ」今の世相を皮肉って(は言い過ぎか)、反映させようという意図が少なからずあるとは思います。「慶喜」なんか、結構そういう意図が出てません。特に、外国人とのやり取りとそれにかかわるナレーションの内容などは。

 あ、忘れてました。今回の元就像は個人的に非常に好ましいものでした。男だからって、いつも虚勢を張っていたら疲れますもの。情けないことを言うなという、ご意見が飛んできそうですが。

足利持氏さん

光秀は、やはり謀反を起こすのか?

 初めての書き込みでござる、持氏と申す。
 ふと思ったのですが、もし?光秀が本能寺の変を起こさなかったら、秀吉の援軍として中国へ遠征していたでしょうが、高松城水攻めの最中、秀吉が毛利に対して備前、備中、伯耆を割譲すれば、赦免出来るように取りはからっていたと雑誌で見たような気がしました。もしそれが本当であれば、国替えで出雲、石見国を約束されたている光秀としては、領国を失ってしまうのではないでしょうか?
 しかし、秀吉としても独断で敵と交渉できないでしょうが(かつて宇喜多氏降伏の件で怒りを買った)、信長・信忠父子を呼び寄せて、さらに戦ったにせよ秀吉が裏工作でなるべく領土を失わないように毛利を降伏させるでしょう。まさか、徳川時代のような防長二国まで減封されないでしょうから、最悪でも、本領地の安芸と出雲までは毛利領になると思います。(天下統一を急ぐ信長にしても、敵の本国を奪ってまで戦う必要がなかったと思う。敵も必死で抵抗するであろうから...)
そうなれば、光秀の領地は...?
 旧領は、お気に入りの側近衆で固めるであろうから(丹波は堀秀政、近江坂本は森蘭丸あたりが...),もう領国がないのでは...?
 すなわち、お役御免であろうか?一体、光秀の将来は?やはり、謀反しかないのか?

 私的な意見、推測で書いているところもあるかもしれませんが、皆様方からの意見、反論何でもお待ちもうしております。

招き猫さん

Re光秀は、やはり謀反を起こすのか?

持氏さんの意見には、半分賛成で残りの半分は反対。
信長はやはり、毛利を滅ぼすつもりだったと思う。
実際、武田を滅ぼしてるし、長宗我部や上杉も倒すつもりだったと思う。
信長は、地方には大きな勢力を持つものはおかずに、例えば代官のようなものを置いて統治して、中央集権的な国家を造ったのではないだろうか
光秀や秀吉などはその役目を十分こなせると思える。
ただ、秀吉の朝鮮出兵は信長の考えだったと言う説も有るのでそのあたりで光秀はやっぱり謀反を起こしたのではないだろうか。
外征よりも、戦乱でつかれきった国内を安定させるほうが重要だ、そう言って・・・

北条 氏政さん
E-mail:
pcyh@aa.mbn.or.jp

治部少について

石田三成は文官ですからねー。
あまり戦の経験も無いようですし。
気難しい完璧主義者だったらしいので、のらりくらりの家康とあわなかったのでしょうか。
太閤殿下が三成にもっと俸禄をあげていればこんなに悪口を言われないくらいの戦果をのこせたかもしれません。
少なくとも秀頼の地位は有ったでしょうから。
日本がどうなっていたか保証はできませんが。
清正や正則に時代を見る目が有ったとも思えないし。
二人とも後に取り潰されていますから。

でわー。

市松さん

Re治部少について

前略 北条氏政殿、
確かに三成は文官、というより官僚ですね。
増田君や長束君、大谷君もそうですね。
三成には日本の未来まで見通す力量はなかったと私は思っています。
無論、清正や正則にあったとは言いません。
家臣には以下のタイプがあるかと思います

A・ただひたすら忠実に主の命令を実行する人
B・主の能力で足りない点を補佐する、または主の代理として物事を行う人
C・先見の明があり、国の未来を見通した上で主に仕える人

わかりやすく言うと

A・言ってもすぐには理解しない人
B・言えばわかる人
C・言わなくてもわかってる人

念のために言いますがAの人が無能でCの人が有能だと言っているのではありません
信長の部下で言うと

A・柴田勝家、佐久間信盛等
B・村井貞勝、前田利家等
C・羽柴秀吉、明智光秀等

秀吉の部下では

A・福島正則、加藤清正等
B・石田三成、増田長盛等
C・蒲生氏郷、黒田官兵衛等

です。
秀吉はCの部下を遠くへ追いやり(九州とか東北)Bの部下を手元で多用したため問題があったのではないかと思います。
信長の場合は争乱の最中でしたし自信過剰でしたから、
「裏切ったら余が討ち滅ぼしてさらし首じゃ!!」
といった感じでした。
案の定光秀にやられましたが。
秀吉はこれを恐れ、Cを使わなかった。
豊臣滅亡の理由の一つだと思います

P.S.ちなみに家康ですが、彼はCっぽいAだと思います。

市松でした。

市松さん

天才と名将

今回は天才と秀才の違いに付いて書き込ませていただきます。
最近感じた事です。
天才は秀才だが、秀才は必ずしも天才ではない。

例として織田信長は天才で武田信玄は秀才。
 豊臣秀吉は天才で明智光秀は秀才。
違いをわかりやすく言うと人の全くできない、または思い付かない事をやるのが天才であり同じ事をやる上で人より優秀な結果を残すのが秀才です。

では天才と秀才が勝負したらどちらが勝つのでしょうか。
人と状況にもよりますが、
鬼としては天才が勝ち、
人としては秀才が勝つ、と思います。
天才は天才なるが故に革命児です。既存の価値を素直の受け入れません。歴史上に転機をもたらします。早い話が歴史を変える、古き物を破壊し全く新しい物を作る事によって、歴史に名を残す訳です。
秀才は天才が作った価値感を素直に疑問を持たずに認め、それを発展させる事によって歴史に名を残す事になります。
この点は天才の方が優れているといえるでしょう。
人としては明らかに秀才の勝ちです。
天才はこれも天才なるが故に人からその全てを理解してもらえません。
天才の事がわかるのは天才だけなのです。
その他の人にとって、天才は人である以上に化け物なのです。
その点秀才の心というのは私のような凡人でも少しはわかります。
人として、秀才のほうが幸せだといえるでしょう。

皆様はどうでしょうか。
私は、秀才達にはある程度親近感を持てるのですが、天才達には親近感よりも恐怖を覚える事のほうが多いです。

市松でした。

市松さん

キリシタン明石全登の謎

先日司馬遼太郎著「関ヶ原」を読んでいて気付いたのですが、宇喜多軍にて戦い大阪の陣でも奮戦した、明石全登。
彼の名前、どう読むんでしょうか。
私が調べた限りでは、三通り出てきました。

1.「ぜんと」
2.「たけのり」
3.「てるずみ」

どれが正しいんでしょうか。
どなたか教えてください。
市松でした。

維新入道さん
E-mail:
hifukus@ibm.net

明石全登について

久しぶりの投稿の維新入道です。早速市松殿が疑問に思われている明石全登ですが将星録の武将ファイルには てるずみ また たけのり ともありました彼は良い武将ですね。私は好きです。
とくに太閤2のは最高ですね。軍学3で統率も高い。武力がちょっと低いですが武器を与えれば強くなります。彼は生没年不詳で大坂の陣で敗れた後南蛮に逃亡したとも自害したともいわれてますが真相は謎です。陣後家康は彼の武勇を恐れ 明石狩り というものをやったそうです。
彼も雑賀孫一同様、謎の武将となっていますね。

維新入道でした

ナポさん
E-mail:
ibusuki@mnet.or.jp

明石 全登

てるずみです

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