書籍名: 中公文庫;鳶魚江戸文庫シリーズ(現在14巻まで刊行済み)
著 者: 三田村 鳶魚(えんぎょ) 著/朝倉 治彦 編
出版社: 中央公論社
藤林長門守さん
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三田村鳶魚老による独白調の随筆。 某は江戸期を舞台にした時代小説には馴染みませんが、時代小説のファンの方にこそ、このシリーズはおすすめと存知ます。
鳶魚老の文体は力みのない口語体で、江戸言葉を彷彿とさせる独特なリズムがあり、読み進むうちに江戸の町並みが遠景として浮かび上がってまいります。
鳶魚老は、生年は東京に"江戸"の色合いが残る明治3年、また"江戸"を生きてきた祖父に幼い時から教えを受け、江戸の空気を肌で知る1人として「江戸学」の祖と呼ばれた方です。江戸幕府の草創期から幕末,明治前半まで、市井の風俗から将軍家・大名の事績までを網羅する博識ぶりには感嘆させられます。
とはいえ鳶魚文庫の味わいは、その博識ぶりにあるのではありません。また鳶魚老が懐古の情のみで"江戸"の物事を調査収集された訳でもなさそうです。思うに、鳶魚老は"江戸"に人の世の"お可笑(かし)さ,面白み"を見いだし、それを愛したのではないか?。だからこそ掌中で慈しむような鳶魚老の体温を読者が感じるのでしょう。その温もりこそ、鳶魚老が人間という生き物に注いでいる眼差しの優しさに他なりません。